『 再 会 』
「一さん…?」
大通りの真ん中。呼ばれた名前に振り返って、斉藤はしまったと、心の中で舌打ちをした。
呼ばれたのは、彼が捨てたはずの名前。
そしてそれを呼んだのは、彼が捨てたはずの女…。
「やっぱり!お久しぶりです。私のこと、覚えておられます?」
時尾、という名が、斉藤の身体を巡った。
斉藤は柄にも無く、懐かしいという想いに駆られる。
それは彼の、強く熱いけれども殺伐とした、幕末という思い出の中にあって
唯一といえるような穏やかで優しい想いだった。
しかしそんな想いは表に出さず、斉藤は無表情に時尾を見つめる。
誤魔化そうかとも思ったが、名前に反応して振り返ってしまった時点で、もう引き返せない。
下手に誤魔化したって、怪しいだけだ。
しかし、答えるべき言葉が見つからない。
覚えていると、言えば良いのか?だが、そんなことを知ってどうする?
大通りの真ん中。二人は見つめ合っていた。
大勢の人々の流れの中、まるで二人の時間だけが止まったかのように。
「忘れられてしまいました?」
しかし、止まっていたのは斉藤の時間だけだったようだ。時尾は、フワリと悲し気に笑った。
「時尾です。以前、京都の方でお世話になりました。」
「ああ。覚えている。」
「まあ。そんな、気を使わないでください。忘れられていたって、私は別に…。」
「俺を忘れたのはお前の方のようだな。俺はそんな気を使うような男だったか?」
斉藤の言葉に一瞬の間をおいて、時尾の顔は明るく綻ぶ。
「…そうでした。あなたは、私などに嘘を吐く方ではありませんわ。」
「そういうことだ。」
会話が途切れ、束の間沈黙が流れる。
今度こそ、二人の時間が止まる。あるいは、あの頃へ返っていたかもしれない。
だが、自分の思い通りにならない空気に耐え切れず、斉藤はそれを破った。
「何か用が?」
「いえ…。ただ、懐かしい姿を見かけたもので、つい…。」
明るい、あの頃の顔をしていた時尾の顔が、悲し気に曇る。
「そうか。では、これで。」
「はい…。」
時尾が頷くのを見て、斉藤は彼女に背を向けた。
そして歩き出す。疾うの昔に離れてしまった、それぞれの道に戻るために。
俺たちはもう終わったのだと、誰にとも無く訴えた。だからもう、二度と会わない。
「一さんッ。」
腕を掴まれ、斉藤はまた心中で舌打ちをした。
「何だ?」
無理矢理振り返らされ、イラついた声が響く。
「ごめんなさい…。あの、生きてまた会えると思いませんでした。」
「ああ。」
やめてくれと、斉藤は思う。
だから何だというんだ?やめてくれ。終わった時代を振り返らせるのは…。
「でも、もう一目会いたいと思っておりました。そしてこうして一目会えたら、また会いたいと思ってしまいました。」
「ふん。俺は、出来れば二度と会いたくなかったがな。」
斉藤は自嘲気味に笑う。
会わなければ、まだこの想いを捨てきれずにいる自分に気づかずに済んだだろうに、と。
しかし彼は気づいてしまった。
斉藤は時尾の頬に、少々乱暴に触れる。
「泣くな。阿呆。」
斉藤の言葉に、時尾は驚いた声を上げる。
「泣いてなどおりません!」
「ふん。」
時尾の言葉通り、彼女は泣いてなどいなかった。
時尾は元来このような場所で、いや、どんな場所であっても、易々と涙を流すような女ではない。
「泣いてなど…、おりません…。」
斉藤の腕を掴む手が、微かに震えた。
時尾は、強い光を宿した瞳で、真っ直ぐに斉藤の瞳を見つめていた。
不意にその瞳から、一筋の涙が零れ、斉藤の手袋に沁みた。
「阿呆。」
斉藤はわざとらしく溜息を吐く。そして、腕にかかる手を振り解くと、
「家は何処だ?送ってやる。」
と、勝手に先へ歩き出した。
「そちらからでは帰れませんわ。」
その背に時尾が声をかけると、彼は不機嫌そうに振り返った。
「それとも、いつまでも帰り着かなければ、ずっと一緒にいられますでしょうか?」
「ど阿呆。」
時尾が、可笑しそうに声をたてて笑った。
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【作者コメント:桃子】
短ッ!…まあとりあえず、プロローグということで。
なんだかんだ言って、大通りの真ん中でバカップルですよ。