「馴初」




幕末の京都。
たくさんの運命が生まれ、出会い、惑い、別れ、壊れた場所。
その夜もまた、ふたつの運命が出会い、互いを惑わした。

「黙ってねえで何とか言ったらどうだッ!」

突然闇に響いた大声に、道行く人々はそろって動きを止めた。
まるで自分を取り残して時が止まったようだと、斉藤はひっそり笑う。

「大人しく金出せば何もしねえって言ってんだろ?!」
「それとも身包み剥されてえのか?!」

声は、三種類。
騒音が続く中、人々は何事も無かったかのようにそれぞれの動きを再開した。
その様子に、斉藤はもう一度苦笑する。
そして何気なくその声のする裏路地に目をやって、思わず歩みを止めた。
魅せられたのは、強い瞳。
四人の男に囲まれた、小さなか弱い女の、真っ直ぐな瞳。
その瞳の強さの為に殺されても不思議ではない、と、斉藤は思った。

「何見てんだよ?」

先程は聞こえなかった、四人目の声だ。

「…目を見ている。」
「はあ?」

斉藤の返事に、男たちはわけがわからないといった顔をする。
しかしそんな男たちの様子には目もくれず、斉藤は女の瞳を見つめたまま、彼らに近づいて、

「ッ!」

一番手前にいた一人を蹴り倒した。
男は、声も出せずにその場に崩れ落ちる。
倒れた男を踏みつけて、二人目は殴り倒した。

「てめえ!」

その声に、斉藤はようやく女から目を逸らし、残りの二人を見た。
鋭い眼光に、殴りかかろうとしていた残りの二人が、思わず一歩後退する。

「ふん。」

斉藤はその様子を蔑むように笑うと、二人にも一発づつその拳を入れ、路上に転がした。
動かなくなった四人の男を見下ろして、斉藤は、何でもないというように手を払った。
見ると、先程魅せられた強い瞳が、大きく見開かれて斉藤を見つめていた。
しかし斉藤は、何でもないというように女から目を逸らし、元の道に戻ろうと踵を返した。

「あッ!待って!」

呼び止められたが、これ以上係わり合いになるつもりは無い。
だがそんな斉藤の想いに反して、カタカタと足音が追ってくる。

「お礼くらい言わせてくれんと困ります。」

京訛りで女は訴えた。

「悪いが、急いでいるんでな。」
「やったら、連絡先か、せめて名前だけでも…。」

斉藤はその言葉を無視して、少し歩調を速めた。
足音はしばらくカタカタと追って来ていたが、やがて諦めたように止まった。
後から女が、半ば叫ぶように何か言っていたが、斉藤は聞こえない振りをした。


斉藤がその店を訪れたのは、その夜から半月程経った昼だった。
それは、小さな蕎麦屋。
助けた女が叫んでいた店の名だ。
偶然にその前を通りかかって、興味本位で入ってみた。
あの暗さの中で一度会ったきりの顔など、覚えていないだろうと高を括って。

「まあ、この前の?」

女は一瞬で斉藤を見破った。
自分の愚かさに、斉藤は苦笑を漏らす。

「何のことだ?」
「先日、貴方に危ないとこを助けられました。」

とぼけて見せた斉藤に、女は怯まず答えた。

「覚えが無いな。」
「貴方の方に覚えが無くても、ウチがしっかり覚えてます。あの時は、ありがとうございました。」
女の強気な態度に、斉藤は折れて溜息を吐いた。しかし、その顔は笑っている。

イイ女だ、と斉藤は思った。

「それで?」
「蕎麦を一杯、奢らせて下さい。」

女は美しい笑顔を斉藤に返した。


「また来てくれはったんどすか?」

次の日、同じ頃に再度店を訪れた斉藤に、女は嬉しそうに笑った。

「ああ。なかなか旨かったからな。」
「ありがとうございます。」

女は満面の笑みで答えると、テキパキとした動作で注文を取り、下がろうとしてふと尋ねた。

「そうや。名前、何ていいますの?」
「そう言うお前は何というんだ?」
「まあ。まだ名乗ってませんでした?」

女は、何処か楽しそうに口元に手をあてて聞く。

「聞いてないな。」
「ウチは、時尾いいますの。」

斉藤は少しの時間何かを考えて、
「…一だ。」
とだけ答えた。

それを聞いて時尾はまた嬉しそうに笑う。

「また、明日も来てくれます?はじめはん。」
「明日の話をする前に、まずは今日の蕎麦を食わせろ。」
「へえ。すいまへん。」

下がる時尾を見送って、斉藤は満足気に笑った。



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【作者コメント:桃子】
しまった…。また今回も短い…。下手すりゃ前回より短い…。
何か毎回この位の長さになる気がヒシヒシしてきたよ。いや、別に良いんだけどね、それでも。
京弁、下手くそでごめんなさい…。さっぱり解りません…涙。