「幸福」
「一はん。」
いつもの時間に、斉藤が時尾の店を訪れると、時尾は嬉しそうな声をあげ満面の笑みを浮かべる。
そんな時尾の様子に、斉藤も満足そうに笑う。
いつもの時間とは、丁度時尾が店を閉めるくらいの時間だ。
ここ最近、斉藤はよくこの時間にこの店を訪れる。それは「いつも」と呼べる程に、頻繁に。
「そんな、いかにも待ちわびていたというような顔をするな。」
「…実際、待ってたんやもの。そない意地悪なこと言わんといて。」
皮肉気な斉藤の言い方に、時尾は頬を仄かに赤くする。
「そんな顔をするな。」
時尾がいつも通りの動作で差し出した湯飲みを、斉藤は慣れた仕草で受け取る。
「ウチがこんな顔になるんは、一はんの所為やのに…。」
それが楽しくて仕方が無いんだ、と、時尾の淹れた茶を飲みながら斉藤は思った。
「一はんは…。」
「何だ?」
意味ありげに言葉を切った時尾に、斉藤が眉を顰める。
「いいえ。何でもありまへん。」
言葉とは裏腹に、何処か少し思い詰めた顔をする時尾。
斉藤は、その手を掴むと強く引き寄せる。
「白状するまで、身体に聞いてやろうか?」
艶っぽく笑う斉藤につられるように、時尾が顔を綻ばせた。
「それだけは堪忍して。白状しますから。」
「なんだ。じっくり嬲ってやろうと思ったのに。」
「もう…。」
時尾の笑顔の奥に恐れの色を読み取って、斉藤は殊更優しく時尾を抱きしめる。
「それで?」
「……一はんは、待ってなかったん?」
その顔は笑顔のくせに、今にも泣き出しそうで、
「そんな顔をするな。愛しくて仕方ない。」
と、斉藤は時尾に優しくくちづけた。
顔を離すと、時尾は真っ赤になって俯く。
「そんな顔をするな。」
斉藤が勝ち誇ったように笑う。
「一はんの所為やのに…。」
顔を隠すように、時尾は斉藤の胸に顔を埋めた。
それはいつか思い出す、幸せな時間…。
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【作者コメント:桃子】
いつもにも増して短いのには、一応理由がありまして。
本当はこの話は書く予定無かったのですね。
これ無しでいきなり別れの予定だったのですが、あまりに唐突過ぎる気がして急遽…。
プロットも無く勢いだけで書いたので、全然ネタが練れてなくてこんなことに。
恥ずかしいです。(いろんな意味で。)